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株式会社ほうろく屋

菜種油の ほうろく屋 杉崎さんのお話 第2話

 
【第2話 菜種油の修行と発見】

いつも静岡に行った時にはお世話になっております、aSeed Jeffさんの記事より
https://www.facebook.com/aseed.jp/

    
先代、大嶽製油所(大嶽喜八郎)は愛知県西尾市東幡豆町。三河湾を望む海沿いの町に昭和24年創業した。
 
夫婦2人の二人三脚、小さな町工場。
 
昭和30年代当時、愛知県内にも小さな町工場が30件ほどあった。
しかし、時代は高度経済成長期を迎え、小さな製油所は大手企業にのみこまれていった。
 
その結果、貴重で高価だった国産原料の圧搾菜種油は減少し、輸入原料で薬品抽出された大量生産、大量消費が可能な安価な油に市場の大半を奪われた。
  
大量生産時代の流れを受けて殆どの企業が薬品抽出法に切り変わっていく中、大嶽製油所は、その技術を守り地域の油屋であり続け、生き残ったのである。
 
そこへ僕は修行に入る。
  
小さな工房、布ベルト式の駆動機械、薪での焙煎釜、香ばしい菜種油の香り、言葉にできないワクワク感。
  
当時、先代 喜八郎は80歳を超えていた。
まず薪割り、原料菜種選別、作業補助。力仕事を手伝い見て覚える。
各工程、手作業による仕事。身体は辛いが小さな工房の中で単純に食用油はできる。油の良し悪しは焙煎が命。これで決まる。
 
夏場、釜場は室温40℃を超える。
暑ければ暑いほど、良い油がたくさん出ると喜八郎は言う。
 
原料と向き合い、目で見て、手で握り、鼻で嗅ぎ、口で味をみる。
 
この職人の後ろ姿、全て個人の感で生まれる仕事にはまっていった。
また、お昼になると必ず先代妻、たけ子がまかないご飯を作ってくれる。
 
今でも忘れない。最初の昼食『鶏の唐揚げ』。
カリカリ、サクサク、ジューシー。いくらでも腹に入っていく。
 
とても驚いた。力仕事のため腹が減って美味いのか?
毎回、出る料理がとにかく美味い。僕の母親の料理が下手なの?
『いや、この菜種油が美味いのだ』
正直、驚きと感動が体の中を走った。
 
僕は、ここでこの菜種油を世の中に出したいと使命感が生まれるのである。
 
そして喜八郎に聞いたことがある。
『どうして80歳を過ぎるまで、こんなに過酷な仕事を続けてきたの?』
先代は言った。
『まだ今だに菜種を作る近所の農家の衆たちが、スーパーで売られている薬品抽出のサラダ油で料理を作っても喉を通らん。体調の良い時でいいから油を搾ってほしい。と、おだてられてここまで来れた』、と。
  
 
写真は先代の工場登録証明書
当時は農林大臣許可になっています。
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ほうろく屋は 昔ながらの手作業にこだわった
圧搾法で菜種油、油かすを製造しております。
         
二代目ほうろく屋  杉崎 学
https://www.facebook.com/tougeyamamura
        
純粋菜種焙煎工房 ほうろく屋 
https://www.facebook.com/hourokuya/
____________

2016年 ほうろく屋さんの 菜種油 商品番号 1 伝承油 460g/商品番号 2 荒搾り460g/商品番号 3 生搾り138g

ほうろく屋さんのなたね油のページ
PCページhttp://www.nozaki-kanpou.com/user_data/oil.php

スマートフォンページ
http://www.nozaki-kanpou.com/blog/oil

2016年6月出荷に向けての予約を受け付けいたします。

http://www.nozaki-kanpou.com/blog/archives/8425


投稿日 : 2016年 4月 5日 作成者 : 漢方の野崎薬局

菜種油の ほうろく屋 杉崎さんのお話 第3話

【 第3話 喜八郎との約束と独り立ち 】
  
高度経済成長期、先代 喜八郎は世の流れに逆らい自分の道を進むため、苦しい時代が続いた。
 
先代妻 たけ子とリヤカーを押し空きビンを集めて廻り、それを売り、子どもたちを必死で育てた。と言う。
 
また、親の姿を見て子どもたちの後継ぎはなく、あえて、継承しようと思わなかった。とも言った。
 
現在も世の中の荒波は続いている。そこに舟を出すほうろく屋も小さな町工場。パートナーと2人の二人三脚。
 
僕が大嶽製油所の後を継ぐと決めた時、両親そして、近くにいる人生の先輩達に大反対された。
 
『町工場は運営できないから閉鎖、倒産する』『お前は頭がおかしくなったのか?』『まして、原料菜種がない。無謀だ』と、変態扱い。もちろん心配してくれてのこと。
 
しかし僕は、こう言い返した。
 
『10年後、時代は変わる。手間暇かけて作る本物が受け入れられる。原料菜種がなければ、自分で栽培すればいい』と。
 
皆、『勝手にしろ。』の一言だった。
 
大嶽製油所自体、先代の体力から加工依頼の仕事は断り、愛知県内の菜種農家も消滅。地元農家の菜種が年間600㎏ほどのため、数日の搾油で終わってしまう。
  
実際は、無謀だった。
だから、修行も全力でやった。
  
また、近隣からの菜種油の加工依頼は僕が受け先代の指導で油を搾り経験を重ねた。
  
そして、数年がすぎる。
  
先代は認知症が入りはじめ、薄れゆく意識の中で必死に何回も肝心なタイミングを教えてくれる。
  
そんなある日、『もう、この機械を全て持って行きなさい』と、突然言われる。
  
僕は即答した。『ありがとうございます。この先いかなる苦労が起きても必ず、この伝統を守り復活させます』と、答えた。
  
これが、喜八郎との約束となった。
  
先代の言葉をもらって移設場所を検討する。原料のない中で工房の設備投資は難しい。移設場所も簡単には借りれない。困った。
   
とりあえず身内の会社の敷地内にあるブロックむき出し、雨風降り込むトイレも無いバラック小屋を自分で修理し機械をなんとか移設した。
  
よし!このバラック小屋からスタートだ‼︎
 
そして、移設間もなく喜八郎は脳梗塞で倒れ、一年後天国へ旅立った。
  
ホッとしたのであろう。アレやコレや僕が持って出る物の準備をしてくれた姿が今でも浮かぶ。
  
ただ、現在のほうろく屋でもう一度、一緒に搾油したかった。
  
後で先代妻 たけ子に聞いたことだが、大嶽製油所を廃業すると決めた時、他から数件、技術と機械を譲って欲しいとのお願いがあったと。
   
しかし、喜八郎は全て断った。

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ほうろく屋は 昔ながらの手作業にこだわった
圧搾法で菜種油、油かすを製造しております。
         
二代目ほうろく屋  杉崎 学
https://www.facebook.com/tougeyamamura
        
純粋菜種焙煎工房 ほうろく屋 
https://www.facebook.com/hourokuya/
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2016年 ほうろく屋さんの 菜種油 商品番号 1 伝承油 460g/商品番号 2 荒搾り460g/商品番号 3 生搾り138g

ほうろく屋さんのなたね油のページ
PCページhttp://www.nozaki-kanpou.com/user_data/oil.php

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2016年6月出荷に向けての予約を受け付けいたします。

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投稿日 : 2016年 4月 5日 作成者 : 漢方の野崎薬局

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