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名古屋市在住 梨紗子さんより 私の妊活

今年出産されました患者さんから出産後100日までのご自身のお話を書いて頂きました。

今も覚えています。名古屋から1時間以上かけて 日曜日ご夫婦で通っていただいていたことを。
当院では鍼灸、漢方を使いますのでニオイがつくんです。毎回着替えのジャージをもって仲良しオーラいっぱいで通っていただきました。

■病院での不妊治療

2014年5月のこと。結婚1年目、夫39歳、私37歳。歳も歳なので、妊娠するかどうかの検査を受けてみよう、ということになり不妊で有名な産婦人科へ。

2年前に発見されていた子宮筋腫が2㎝から3㎝に育っていたことを除き検査結果は双方問題なし。基礎体温表を渡され、このあたりでタイミングとってねー、と指導を受け、排卵日周辺でエコー検査と黄体補充の注射をお尻にブスっと刺されること5か月、一度化学流産がありましたが、妊娠せず。今思えば知らず知らずのうちに不妊治療がはじまっていたのですね・・・。

人気の不妊治療専門クリニックだったので、予約制とはいえとにかく待ち時間が長く、妊婦さんも同じ待合室で、精神的にきつかったのを覚えています。

その後、人工授精はあまり意味が無さそうに感じたので体外受精にステップアップすることに。採卵前の排卵誘発剤が効きすぎて採卵予定日の2日前に急遽採卵することに。20個も採卵できましたが予定より早かったこともあり、未熟成卵が多かったようです。

そのうちの6個を培養し、2つだけ8分割まで進みましたが胚盤胞には至らず。

受精卵
OHSSの症状が悪化し、採卵2日後に10日間の入院。子宮筋腫も6㎝に育ってしまい、妊娠7ヶ月くらいのお腹の腫れと点滴の痛みで苦労しました。

■子宝先生との出会い~妊娠~

退院後、知人の紹介で子宝先生の存在を知り、電話相談を受けたのが野崎先生との初めての出会いです。ちょうどその頃、7年間不妊治療を続けていた友人が、食事の見直しと漢方薬などで自然妊娠に至った話を聞いており、東洋医学に興味を持ち始めていたころでした。

2カ月後に控えた凍結胚移植に向けて、いくつか指導して頂きました。

砂糖、乳製品をやめて、「まごわやさしい」の食事を心がけること、毎日ラジオ体操をすること
(初めて聞いたときは、えーっ?と思いましたが、これが体力づくりにとても良かったです。)、

就寝前と起床後の体重測定、などなど。

なんでも徹底的にやってしまいたくなる性分だったので、食事の内容もガラっと変えました。

とても切羽詰っていたので、移植までの二か月間、徹底的に頑張りすぎてしまいました。ジャンクフード大好きな夫は、なかなか大変な思いをしたと思います。移植の結果は受精に至りませんでしたが、その間、野崎先生のところでお灸してもらいながら色々なお話を聞かせてもらえました。

その中で印象的だったのが、「検査結果異常なしなら、そもそも体外受精する必要ないよね?」というお言葉でした。

年齢的なことから自然妊娠は無理、と思い込んでいたこともありましたが、その言葉もあり、一旦病院通いはやめて、食生活の見直し、体力づくり、リラックスした日々を過ごそうと決め、野崎先生には週に一度、お灸と鍼をお願いしていました。

このころは食事に関しても、移植前ほどストイックではなく、時にはお酒も飲んだり、甘いものも食べたりしていました。

生理も規則正しかったので、基礎体温を測るのもやめました。

2015年4月、子宮筋腫が不妊の原因になる位置にあるかどうかの確認でMRI検査を受けたところ問題なかったため、今月妊娠しなかったら、前とは別の病院で体外受精に挑戦しよう、と決めていたら、2015年5月に自然妊娠しました。

妊娠発覚前に高熱が出てしまい、慌てて野崎先生に指導いただき、お出汁と塩で凌ぎました。漢方薬も送ってくださいました。以前の私なら真っ先に病院でもらった薬を飲んでいたと思います。

自分の体は自分で治せるのだなぁ、と実感しました。

■妊娠初期(つわり)
体は元気になりましたが、そこから悪阻が始まりました。今では、なんてこともないと思えますが、当時は毎日が地獄で、いつか終わるものだと分かっていながらも、もう一生この苦しみが続くのでは?と思ったほどでした。食べたものは吐かずに済みましたが、とにかく胃液を吐きまくり、食事もせっかく気を付けていたのに、なぜだか体に悪そうなものばかり欲しくなる毎日でした。チョコチップクッキー、レトルトのコーンスープ、コーンフレーク、とんがりコーンが手放せなかったです。赤ちゃんに影響でたらどうしよう、と考える余裕もなく食べていました。思い出すだけで恐ろしい・・・。この頃はまだ赤ちゃんも小さくて、正直まだお腹の中で大切な命を育てているという実感が薄かったです。

4ヶ月
■妊娠中期~後期(切迫早産、入院)
20週ほどで、やっと悪阻も軽くなり、少しずつ胎動も感じるようになり、仕事にも復帰し、さぁこれから楽しい妊婦ライフを満喫するぞー!と意気込んだ毎日を過ごし23週に入ったころ猛烈なお腹の痛みが。仕事に家事にちょっと頑張りすぎたかな、念のために病院で診てもらおう、と受診したところ、なんと切迫早産。絶対安静を命ぜられMFICUで入院となってしまいました。お産する場所に関しては、妊娠当初から本来自然なお産がしたいけれど、緊急時のことを考えて大きな病院で、と考えていたので、バースセンターという助産院のような施設を併設している名古屋第一日赤病院に通っていました。

結局、子宮筋腫があったため、分娩は病院で、産後問題なければバースセンターへ移動、ということになりました。

ちなみに、入院時に初めて気づいたのですが、第一日赤では担当医制をとっておらず、つまり主治医の先生がいないのです。

初めは不安でしたが、様々な見解の違う先生に診て頂けたので、結果、私には向いていたと思います。なるべく投薬などは避けたかったのですが、張り止めのウテメリンを投与され、炎症反応も出ていたので抗生剤まで投与されてしまい、一度はマグセントも投与され、もうなんだかお先真っ暗な気分でした。

食事も、産地の知れぬ危なそうな、添加物いっぱいな(しかもおいしくない!)ものでしたが、すぐに退院できるだろう、と我慢しつつ、母に手作りのおかずを届けてもらって凌ぎました。28週でやっと退院できたときは思わず嬉し泣きでした。

ただ、入院生活にも良いことはあって、妊婦仲間ができたこと、毎日赤ちゃんの心音を聞かせてもらったこと、助産師さんから出産や子育てに関する情報を得られました。

その後経過は順調で、臨月ギリギリまでランチに出かけたり、バースプランを書いたり、赤ちゃんのための買い物をしたり、胎動もかなり激しく(笑)、お腹は苦しかったけれど、とっても幸せで楽しい日々でした。たった一度だけですが、お腹越しに赤ちゃんの指の感触がありました。いま振り返ると、産んだ後とはまた少し違う幸せな気分でした。

■いよいよ出産
そうこうしているうちに39週に入り、そろそろだなぁと思いつつも初産は予定日(1/25)より遅れるよとの声を真に受けてのんびりしていたら、1月20日朝8時半に今までにないほどの大きな胎動の後に破水。陣痛が先に来ると思っていたので、この突然な感じにちょっとテンパりました。

すぐに産科で診察を受け、入院。陣痛はまだ不規則な感じで、いままでのお腹の張りと同じような軽い痛みが続き、昼食も夕飯もしっかり食べました。

この頃から病院食を全てお断りし、母や叔母に食事を持ってきてもらっていました。

産科の先生から、すでに強めの陣痛は始まっていましたが、おそらく明日の早朝に生まれるだろうとのことで、家族には一旦帰ってもらいました。

ところが、ここで一気に陣痛がすすみます!とつぜん5分おきに激痛が。とにかくお尻が痛くて痛くて・・・。

ナースコールを押す余裕もなく唸っていたら助産師さんが駆け付けてくれて診察してもらったところ、

「わー、すごい!子宮口全開!!」

と言われ慌てて夫に電話をし、「全開です・・・」と伝えるのが精一杯。

一番つらい時間帯にひとりぼっちだったのは、さみしかった!

分娩室への移動も腰を曲げて、途中なんども膝から崩れ、どうにかこうにか辿り着きました。

陣痛は予想していた痛みと全然違いました。

ほんとにひどくお腹を壊した時のようなお尻の痛みがとにかくひどくて、痛すぎて思わず笑ってしまいました。分娩台に上がった後も、とにかく助産師さんにずーっとお尻の穴をおさえてもらっていました。

練習したわけでもないのに助産師さんに言われるままに息を吸ったり吐いたり、力を入れたり抜いたり、大変でしたが上手にできたと思います。

何度か途中でいきむのをやめたくなりましたが、ここでやめてしまったら赤ちゃんは出てこられないから、私が頑張るしかないのね・・・、と必死でいきみました。

分娩室の外からも夫や母の応援が聞こえ心強かったです。

日付変わって1月21日午前0時27分にめでたく可愛い小さな女の子が誕生しました。大きな産声の元気な赤ちゃんです。その後、会陰切開した部分の縫合が痛かった。聞いてないよーっていうくらい痛かった。なんならお産より痛かった・・・。後産痛のことは、きっと痛かったと思うのですが、忘れてしまいました(笑)。

その後すぐにカンガルーケアをしました。初乳も与えることができました。この時の幸せな気持ちは何にも代えられないです。
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最高の抱き心地でした。その後、酸素量が不安定とのことで一晩GCUに入ることになり、わたしだけバースセンターに移動となりました。

子宮筋腫があったため、出血多量が予想されていましたが、実際は出血量も少なく、通常のお産と変わらないとのことでした。

■出産後
翌朝、やっとGCUから赤ちゃんが帰ってきて、おっぱいをあげたり、お風呂に入れたりと幸せな日々が始まりました。

入院2日目に私の体重がかなり減ってしまい、母乳もほとんど出ず、粉ミルクをあげなければならなくて、出産後はじめて泣きました。

粉ミルクは添加物や放射能が怖かったので、色々調べて、スイスのホレというものを通販で購入しておきました。

結局、次の日から、昨日は何だったの?というくらい母乳が出るようになり、そこからは母乳のみです。その後順調に育ち、生後100日を無事迎えました。

予想していたよりもずっと楽しく幸せな日々を過ごしています。
病院で不妊治療していたころは、それが最善と思っていました。食事に気を付けるようになり、口にする食べ物だけでなく、生活を取り巻くすべてのものに意識を強く持てるようになりました。体も丈夫になり、心も丈夫になったと思います。食事、生活、心の健康が体の基本を作っているということを、ほんとうに強く実感しています。
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